「ギークハウス越路の解散」を読んで思う

新潟県長岡市でギークハウス越路というシェアハウスを運営されている方のブログで、シェアハウス解散宣言の記事が公開され、話題になっています。

シェアハウスを解散するにあたってのエントリ | ギークハウス越路

ギークハウスという個人運営のシェアハウスのブランドは、今はエッセイなども書く執筆家兼ニートとして有名な pha さんという方が始めたものですが、実は最初のギークハウス、ギークハウス南町田というのは僕が人生で初めてルームシェアをした僕のマンションでした。仕事の関係で都心に移った僕が、「町田でのルームシェアを続ける手間がたいへんで手放すしかないかも」と思っていた時に、pha さんが物件を探していたことから提案して始まったものです。

ギークハウスは「ネットで知り合った人たちとゆるく共同生活しよう」といったコンセプトで、ルームシェアとシェアハウスの境界線にあるような形ではありますが、そこには業者がやるシェアハウスと同様に、誰か場所を確保してシェアを立ち上げて、そこに他の人が(あまり責任のない形で)入居する、という形のところが多かったように感じます。ギークハウス南町田が無くなった(やはり場所が不便でしたね)後も、各地にギークハウスが誕生しています。

個人運営のシェアハウス、の限界

今回は、新潟の豪雪に伴い雪下ろしや暖房費など予想できなかったコストや手間が運営にのしかかってきたことが第一の原因らしいですが、主宰の方の振り返り記事を読んでいくと、地方で安く住めるような設定で人を集めたのに、その安い家賃も滞納される、などの問題もあり、豪雪はこれまでの問題にトドメを指したに過ぎないようにも見えます。

地方の空き家(たくさんあります)を格安で提供し、都会から若者を呼び込もう、というプロジェクトは、それこそ日本中に発生していて、ベースとなる家の費用が少ないことから、都会の家賃を考えると驚くほどの低家賃で住むことができます。さらにそこをシェアによってコストを下げるのですから、出ていく額面だけを見れば非常に住みやすく見えるでしょう。

ただ、今回の解散記事を読むと、「シェアハウス」と言っているように、家を借りて整備して貸し出す「運営者」と、そこにやってきて住むだけの「賃借人」の立場ははっきりと分かれているようで、運営者のやりたい事に他のシェアメイトの意識がついてきてなかったのではないか、という風にも見て取れますね。

それルームシェアじゃだめなの?

ヨーロッパでもアメリカでも、コスト的に一人で借りて住むのがたいへんな若者は、ルームシェアをして生活コストを下げています。その中には上の記事で触れられているような長時間の仕事が続かない人や色々としっかりできない人が多いルームシェアもあるとは思いますが、少なくともそこに「この人たちを教化しよう」とか「相互に助け合うことで立派な人間になろう」とかそういった関係はありません。

可能な限りコストを下げ、やらなくていいことをやらずになんとか生きていければよし、それも無理なら出ていく(もっと安い地方や親元に移ることも含めて)というのをルームメイトの個々人が自分で決めているので、結果としてそれぞれの自己の判断に置いて、続く人が残って続く(続く人が居ない場合は単に続かない)というだけになるのではと。

一人一人が個々に交渉したり、不満や文句があれば声を上げて問題を解消する、という元々海外のルームシェアにあった仕組みを、なんとなく「面倒だな、避けたいな」と思う気持ちに、日本独自の「シェアハウス」という仕組みが生まれて、そのままずるずると一大勢力となってしまいました。最近では個人の不動産投資家のお金を吸い上げる機械としてシェアハウスという仕組みが悪用されて社会問題にもなってきています。

しかし、西洋でもどこでも、他の国では単に空いている部屋を持ってる人が直接借りたい人に貸して、嫌になったら解消する、というルームシェアが十分に機能していることを考えると、間にこの「運営者」的な人を置いてその人にいろいろな面倒事を押し付ける、というシェアハウスは、やはり無駄の多い仕組みではないかな、と思わざるを得ません。

投稿者: あきゆうき

ルームシェアジャパン代表。「ルームシェア」という言葉が通用しなかった日本で1997年からルームシェアを始める。その体験をネットに公開し、2002年には日本語で初めてのルームシェア本を出版。人生を変えうるルームシェアをより多くの人に知ってもらいたいと活動を続けています

「「ギークハウス越路の解散」を読んで思う」への1件のフィードバック

  1. いろいろと考えさせられますね・・・西欧式のやり方が日本に根付かなかったのは、元々個人の家は、伝統的な家族制度=「家」という制度に基づき、婚姻関係・血縁関係にある人同士でないと同居しなかった習慣があるからです。(例外的に邸宅やお屋敷と言われるような、特権階級の人々が住んだ部屋数の多い豪邸は別です。この階級の人々は赤の他人である使用人や、書生に囲まれて暮らすのが当たり前だったからです。)
    だから空いている部屋を単純に知らない人に間貸しするという発想が生まれてこないし、血縁関係のない赤の他人に対しては警戒心が強かったのだと思います。
    戦前の昭和ヒトケタ・フタケタ生まれの高齢者の方々は、婚姻関係にある親類や兄弟姉妹との関係は深くても、他人である古い友人・知人との関係は薄い方が多いです。昔は伝統的な家族制度もあって、親子関係や兄弟姉妹との交流の方が重要だからです。
    戦後になって核家族化や、家族関係の多様化、個人主義への価値観の変換もあって、初めてルームシェアやシェアハウスというものが受け入れられるようになったのではないでしょうか?
    一人暮らしの高齢者が増えて孤独死などが問題になっていますので、若い人に空いている部屋を貸してルームシェアをすれば解決するというご意見もありますが・・・これはよほど間貸しする高齢者が、リベラルな方で若い頃に留学したりホームスティしたり、海外で生活した事があるような方でないと難しい事だと思います。
    一人暮らしの高齢者が多いのは、やはり赤の他人に対して警戒心の強い方が多く、安易に他人と集団で暮らす老人ホームなどに入居するのをためらう人が多いからです。
    現在の若者は昔のように兄弟姉妹が多くない家族関係なのですから、孤立化を防ぐためにもルームシェアは良い制度だと思います。LGBTー性的マイノリティーの団体さんの活動もさかんです。
    従来の家族制度に縛られない人間関係も増えています。お金もかからず自由な発想で暮らせるルームシェアをこれからも広めたいですね。

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